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かつて野辺送りの道だった松原通を歩く

11月25日に京都駅から五条通を経由して松原通を清水寺方向へ歩きました。
五条の大通りから北向きへの道に入り、松原通へ。
鴨川に架かる松原橋に到着しました。

平安時代は五条大橋だった松原橋

松原橋

松原通は平安時代頃は五条大路であり、清水寺の表参道であったことで、大変賑わいのある通りだったようです。

鴨川に架かるこの橋が五条の橋で、現在の国道一号線に架かる五条大橋は豊臣秀吉の時代に設置されたもの。
牛若丸と弁慶が戦った五条の橋というのは現在の松原橋のことです。

松原橋を渡ると、民家や商店が並ぶ特に京都らしさを感じるような通りではないです。
しかし、現在も清水寺の参道であり、観光客の姿は多いです。
一本北側を走る八坂通りに比べれば少ないですけどね。
八坂通りには京都を象徴する八坂の塔がありますから。

松原通

かつては野辺送りの道だった松原通

清水寺がある一帯は鳥辺野と呼ばれ、昔は風葬、鳥葬の場所だったそうです。
平安時代の頃は庶民は墓に埋葬されることがなく、死んだら野ざらしにされて、鳥や野犬に食わせることで、死体を処理していったそうです。
「**野」という地名が付いた場所というのは、風葬、鳥葬だった場所が多いそうで、京都では他に化野、蓮台野があります。
昔はここらは死体が累々と山積みされていたようです。 

この世とあの世の境「六道の辻」

六道の辻石碑

通りの途中に「六道の辻」と彫られた石碑がありました。
六道とは仏教の世界観で生きとし生けるものが、生前の行いにより天道、人間道、修羅道、畜生道、餓鬼道、地獄道の六つの世界を輪廻転生することをいいます。
この世とあの世の境がこの場所にある六道珍皇寺の境内に存在するそうで、このあたりが六道の辻と呼ばれています。

六道珍皇寺

死者を鳥辺野の埋葬地に運ぶ途中、六道珍皇寺で供養を行い、死者を見送ったそうです。
そのためこのあたりをあの世とこの世の境である六道の辻と呼んだのです。

六道珍皇寺境内にある冥府への入り口

六道珍皇寺には平安時代初期の公卿・小野篁が毎夜冥府(あの世)へ通ったと伝えられる井戸があります。
その井戸は本堂の裏庭にあります。
僕は以前本堂の表側から覗き見させていただいたことがあります。

冥府への入り口井戸 2014/10/26撮影

一見、何の変哲もない普通の井戸のようですが、井戸の上から奥を覗き見たら得も知れない恐怖を感じるのかもしれません。

通りの先は清水寺、その奥は鳥辺野

さらに通りを進むと産寧坂に交わり、観光客の人通りで賑わいを見せます。
人通りに流されていくと、清水寺の門前に行きつきます。
かつての埋葬地だった鳥辺野は清水寺の南側に広がる山麓あたり。

鳥辺野の埋葬地は行基(668~749)が開いたと伝えられますが、
延鎮上人がそれらの魂を供養しようと、宝亀9年(778)に“音羽の滝”近くに庵を結んだのが清水寺の始まりです。

清水寺が高台にあるのは、谷からの死臭から逃れるため、
舞台の棚が突き出しているのは死体を投げ捨てるため、
ではないかという話もあります。
なるほど、そう言われればそんな気がしますね。

清水寺の舞台 2014/4/5撮影

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