京都東山の風情ある小道にひっそりと佇む八坂庚申堂(やさかこうしんどう)。カラフルな「くくり猿」で埋め尽くされた境内は、近年SNSでも大人気ですが、このお寺にはもう一つ、見逃せない興味深い存在がいます。それが、門を入ってすぐ左手に鎮座する賓頭盧尊者(びんずるそんじゃ)、通称「おびんずるさん」です。今回は、この不思議な力を持つと信じられている賓頭盧尊者について、その由来やご利益、そして訪れる人々がなぜ彼を撫でるのか、詳しくご紹介します。

賓頭盧尊者とは? そのルーツと日本での信仰
賓頭盧尊者とは、元々はお釈迦様の弟子のひとりで、十六羅漢(じゅうろくらかん)の筆頭に数えられる高僧です。彼はその神通力によって多くの人々を救済しましたが、その力を自慢したためにお釈迦様から「神通力を使うべからず」と戒められ、涅槃(ねはん)に入ることが許されませんでした。そのため、現世にとどまって人々を救済し続けるという役目を担うことになったと伝えられています。
日本において賓頭盧尊者は、特に**病気平癒(へいゆ)や身体健全(けんぜん)**のご利益があるとして信仰を集めてきました。その特徴は、多くの場合、像として造られ、参拝者が自身の患部と同じ場所を撫でることで、その病が治ると信じられている点です。この習わしは「撫で仏(なでぼとけ)」と呼ばれ、各地の寺院で賓頭盧尊者像を見ることができます。特に、東大寺大仏殿前の賓頭盧尊者像は有名で、修学旅行生をはじめ多くの人々が列をなして撫でています。
八坂庚申堂の賓頭盧尊者:なぜ「おびんずるさん」と呼ばれるのか

八坂庚申堂の賓頭盧尊者もまた、撫で仏として広く信仰されています。ここでの通称は「おびんずるさん」。親しみを込めてそう呼ばれるのは、多くの人々が彼に触れ、祈りを捧げてきた証拠でしょう。
八坂庚申堂の賓頭盧尊者像は、撫でられ続けた結果、表面がツルツルになり、木彫りの像とは思えないほどの光沢を放っています。特に顔や腕、お腹などが撫でられていることが多いようです。参拝者は、自身の病気や不調のある部位、あるいは健康を願う部位を、おびんずるさんの同じ部位を撫でることで、その願いが叶うと信じています。例えば、頭痛に悩む人はおびんずるさんの頭を、腰痛の人は腰を、といった具合です。
この「撫でる」という行為は、単なる民間信仰に留まらず、病気や苦痛を抱える人々にとって、精神的な安らぎや希望を与える重要な儀式でもあります。自分の手で直接仏様に触れることで、より強く願いが届くという感覚を覚えるのかもしれません。
八坂庚申堂と庚申信仰、そして賓頭盧尊者
八坂庚申堂は、日本で最初の庚申(こうしん)信仰の霊場として知られています。庚申信仰とは、中国の道教に由来するもので、「庚申の夜に眠ると、体内にいる三尸(さんし)の虫が天に昇り、その人の罪を天帝に告げ口するため、寿命が縮む」という考えに基づいています。そのため、庚申の夜には人々が集まり、徹夜で過ごす「庚申待ち」が行われてきました。
庚申堂の本尊は、庚申信仰と結びつけられる**青面金剛(しょうめんこんごう)と、病気平癒にご利益があるとされる帝釈天(たいしゃくてん)**ですが、賓頭盧尊者もまた、この地で古くから人々の苦しみを癒す存在として崇められてきました。
カラフルなくくり猿は、欲望を抑え、庚申さんにお願い事をすることで願いが叶うという信仰の象徴です。一方、おびんずるさんは、身体の健康や病気の治癒という、より直接的な人々の願いに応える存在として、庚申堂を訪れる人々に寄り添っています。
「おびんずるさん」との出会い方
八坂庚申堂は、京都の東山、清水寺や高台寺からもほど近い場所にあります。石畳の道を歩き、趣のある門をくぐると、すぐに左手におびんずるさんが静かに座しています。
もしあなたが八坂庚申堂を訪れる機会があれば、ぜひ「おびんずるさん」にも会いにいってみてください。彼に触れることで、もしかしたら不思議な力が宿るかもしれませんし、少なくとも心穏やかな気持ちになれるはずです。願い事を込めてそっと撫でてみれば、きっと「おびんずるさん」はあなたの願いに耳を傾けてくれるでしょう。
歴史と信仰が息づく京都の街で、人々の素朴な願いを受け止め続けてきた賓頭盧尊者。彼に触れることは、古くから続く人々の祈りの連鎖に触れることでもあります。



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